-貯金なし、借金あり、借りる宛てなし。

 その時は貯金も無くて、借りる宛ても無くて、もっかいやりたいって気持ちだけで。そしたら「きんせい」の社長が、条件つきで貸してくれたんですよ。その代わり3年間で完済して、屋号も変えて独立しろよ、という事で本当純粋に応援してくれました。あれが無かったら、なかなか難しかったと思います。

 自分の会社ももう二人独立するって巣立っていってるんですけど、今になってその時の社長の気持ちが良くわかりますよ。本当によくしてもらえたな、って感謝しています。いつか僕もそうやってしてやれる人間になりたいと心から思います。

-JUNK STORY OPENまでの準備 ~物件~ 小資本で出来る場所

 「きんせい」の大将に言って独立した時に大阪にしたのは、大阪っていうのは日本で2番目の大都市なので、そこでやってみたいと思って大阪に来ました。独立するって言った時は嫁さんにもすごく反対されましたけど、頼み込んでやらせてもらいました。

 物件は本当色々見ましたが、最終的には直感でここに決めました。居酒屋の居抜きだったので、いくら貸してくれるといえどもなるべくお金もかからない小資本で始められる所にしなくては、という気持ちはありました。それで晴れて場所も決まりOPENに向けて具体的に再発進という具合でした。

-JUNK STORY OPENまでの準備 ~味~ やっぱり塩ラーメン

 ちょうど2010年の6月ですね。味は塩ラーメンで、もう一回今の知識で作り直したいと思って、組み立てなおして作って、出来上がりました。もちろん大将にアドバイスもらったり、いろんな人に相談したりしながら出来上がっていきました。その時と比べたら今はどんどん成長して、改良させていってるので全く違うものになっていますね。

 塩に決めた理由は、自分が好きっていうのが理由ですね。とにかく好きだからこそ出来ることっていっぱいあると思うんですよね。麺は自家製にしました。それは「きんせい」の大将に教えてもらった事を守っています。もうほんと寝れないんで大変ですけどね。笑

 最初に入ったラーメンが20時間、21時間労働とか平気なラーメン屋さんだったので、そこに最初に居たのが良かったですよね。おかげで自家製麺が出来た。

-念願のOPEN、しかし・・

 当初は今の売上と比べて1/3とか1/4とかでした。人数でも1日50人ぐらいでした。OPENしたての1週間~2週間ぐらいは珍しいんで忙しかったんですよ。それでちょっとの間「自分もやったらいけるや~ん!」ってまた調子乗ったんですけど 笑

 どんどんジリ貧に客足が落ちていって、1日昼10数人、夜10数人、という時期が2ヶ月ぐらい続いて、もう本当にやばいな、って状況に追い込まれましたね。もう後は無いと思っていたので。

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